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アリヤのゆくえ2
 

先の震災では原発事故も重なって、途方に暮れる日々が続きました。そのときに自問自答したのは「いったい私は何をしてきたのだろう」ということでした。

原発の危うさは、少なからずわかっていたはずなのに、それに対して何かしたか。ということでした。ああ、いえ、私が何かをしたからって、どうなるわけでもないことぐらい百も承知しています。けれど、この国の形を作っているのは他でもない、私たちひとりひとりであるはず。

 

その自問自答は、迷っていたアリヤの発刊ということにも結びつきました。みんなが暮らしやすい世の中にするにはどうしたらいいか。それはまず、社会の底で生きる人々が、普通にちゃんと暮らせるようになるということ。4年前の創刊時、とりわけ障害者自立支援法が話題になっていたころ、その解決のヒントにと、私たちにできるせめてもの方法が、本を作って障害のある人たちの今を知らせるということでした。これもまた、小さな私たちが何をしたからってどうなるものでもないでしょう。けれど、動かずにはいられなかった。この時代を作ってきたひとりの大人として、この仕事をしているひとりの人間として、責任を感じたとでも言いましょうか。

 

家庭は子どもを見れば、わかる。

会社は平社員を見れば、わかる。

国は社会的弱者を見れば、わかる。

 

私がかつて読んだ某ジャーナリストの本に書いてあったこのフレーズは、何かを見るときの羅針盤です。子どもや末端で働く人や弱い立場の人たちが、どのような姿であるか。そこに集約された「ほんとうのこと」がある。

 

原発とアリヤでは事の重大さは月とスッポンくらいの違いはあるけれど、私の中では同じようなこととして渦巻いていました。私は、何かをしたか―。すべては切り離された個々の出来事ではなく、繋がってできているのですから。この時代を生きるということにおいて。どんな出来事も、時間差で、姿形を変えて、自分の目の前に現われる。それに気付くかどうかで、大きく選択肢も変わる気がするのです。

 

ここで立ち止まって、どうする。

 

いろいろな人たちからの期待は別として、私は自分がやろうとしたことを途中で放り出すようなことをやめようと。それはまるで遠い星の出来事であるかのように、真剣に何もやってこなかった原発の問題と同じではないかと。ただ、単にそう思いアリヤを継続していくことを決心しました。それが限りなく個人的な思いであっても。周りにはいろいろな面倒をかけても「ありがとう」と心から感謝をしてやってもらおうと。人は寄り添って生きるものだと、それはアリヤのコンセプトそのままに。許しあって、支えあって、そうして誰もが穏やかに笑って生きられるように。

 

しかし、このまま年4回の発行は無理だ。逆立ちしても無理だ。さて、どうしようか・・・

13号の入稿が迫っていました。何か知らせるならこの号で知らせねば・・・。

そうしてある日、(神)にこう伝えました。

(続く)


(幸) 

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