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こころ、紡いで。

 
雨の土曜日です。
最近の私(幸)の朝食は、果物と豆乳の手作りジュース。今日は、リンゴ、バナナ、モモの3種類。がーっとミキサーにかけて、はい、オワリ。たまに野菜も入れます。夏が終わるまで、毎朝コレ。寒くなると飲めません(笑)。

仕事場の窓から降る雨を眺めながら、ぼんやりと、創刊当時のことを思い出していました。先日、ある人と会って創刊当時のことをお話したので、その余韻がどこかに残っていて。

アリヤのことを少し詳しく知った方からは、決まって同じ質問を受けます。「(自分たちの生活が)成り立たないものをどうして作るのですか?」と。理由はたぶん、たくさんある。でも、いつもうまく説明できません。今流行りの(?)社会貢献?困っている人を助けたい?いやいや・・・その言葉の前に、いつも立ちすくむ自分がいます。それも当然含まれるだろうけれど、そうじゃなくて、そんなことじゃなくて。

アリヤは創刊から6年が過ぎましたが、構想から入れると8年近く時が流れました。
この話をどこに持って行っても、誰からも相手にされなかった8年前。貯金は底をつき、明日をも知れない状況の中で、私と(神)は彷徨っていました。実際、(神)は家賃を滞納し追い出される寸前、食事は毎日小麦粉を茹でたものを食べていましたから。まあ、私も似たような状況ではありましたが。

と、当時のエピソードは1冊の小説にできるくらいありますが、新しい何かを始めるというのは、多少なりともみんなそんなものでしょう。苦労といえば苦労ですが、真っ只中にいる当人たちにとっては、そんな実感もないのです。槍や鉄砲玉が飛んでくるような戦時中に「苦労してるわ」なんて思うはずもなく。考えることはただ、「どうすれば今日を生きれるか」なのです。

紆余曲折の末、私たちが出した結論は、「自分たちでやる」「自分がやる」という、もっとも過酷な道を選びました。選んだ・・・というより、もはやそれしか方法がなかったのです。

そこから現在まで、どうやってその嵐の中をくぐりぬけてきたかは、もう思い出せません。いや、正確に言えば今もまだ嵐の中にいる。私と(神)の暮らしぶりが劇的に変わったわけではないからですね。ああ、もう小麦粉は茹でて食べてませんけど(笑)。せめて1杯のジュースを飲めるようにはなった。

それはとりもなおさず、アリヤと私たちを知って、陰ながら応援してくださる方々がいる。そっと、いろんな扉を開けてくださった方々がいる。私たちの歩くこの道の小石を、どけてくださった方がいる。それこそ、何も言わず誰にも知られず。けれど、私たちはそれをわかっているつもりです。でなければ、いま、アリヤは存在していないでしょう。当然、私も(神)も、もうここにはいないでしょう。

「どうしてそこまでしてやるのか」の問いの答えは、実はここにあるのです。

ほんとうに、みなさん、ありがとう。

アリヤ19号、無事に入稿しましたよ。


特集は「こころ、紡いで。」さをり織りの特集です。

このタイトルがすごく胸に迫る、きょう。
雨は相変わらず降り続いています。

(幸)



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